日本代表ユニフォームはこちら
1998年 フランスワールドカップ
「白」・・・フェアプレー精神の象徴、チームワークの信頼感
「赤」・・・炎、熱い血潮、日の丸の赤

主な試合
| 試 合 日 | スコア | 対 戦 相 手 | 試 合 会 場 | キリンカップサッカー'96 |
|---|---|---|---|
| 1996.05.26 | 1-0 | ユーゴスラビア | 国立競技場 |
| 1996.05.29 | 3-2 | メキシコ | 博多の森競技場 |
| AFCアジアカップ | |||
| 1996.12.06 | 2-1 | シリア | アルアイン (UAE) |
| 1996.12.09 | 4-0 | ウズベキスタン | アルアイン (UAE) |
| 1996.12.12 | 1-0 | 中国 | アルアイン (UAE) |
| 1996.12.15 | 0-2 | クウェート | アルアイン (UAE) |
| キングスカップ | |||
| 1997.02.09 | 1-1 | タイ | バンコク (タイ) |
| 1997.02.13 | 0-1 | スウェーデン | バンコク (タイ) |
| FIFAワールドカップ フランス大会 予選 | |||
| 1997.03.23 | 6-3 | オマーン | マスカット (オマーン) |
| 1997.03.25 | 0-0 | マカオ | マスカット (オマーン) |
| 1997.03.27 | 1-2 | ネパール | マスカット (オマーン) | キリンカップサッカー'97 |
| 1997.06.08 | 4-3 | クロアチア | 国立競技場 |
| 1997.06.15 | 1-0 | トルコ | 大阪/長居スタジアム |
| FIFAワールドカップ フランス大会 予選 | |||
| 1997.06.22 | 10-0 | マカオ | 国立競技場 |
| 1997.06.25 | 3-0 | ネパール | 国立競技場 |
| 1997.06.28 | 1-1 | オマーン | 国立競技場 |
| 1997.09.07 | 6-3 | ウズベキスタン | 国立競技場 |
| 1997.09.19 | 0-0 | アラブ首長国連邦 | アブダビ (UAE) |
| 1997.09.28 | 1-2 | 韓国 | 国立競技場 |
| 1997.10.04 | 1-1 | カザフスタン | アルマトイ (カザフスタン) |
| 1997.10.11 | 1-1 | ウズベキスタン | タシケント(ウズベキスタン) |
| 1997.10.26 | 1-1 | アラブ首長国連邦 | 国立競技場 |
| 1997.11.01 | 2-0 | 韓国 | ソウル (韓国) |
| 1997.11.08 | 5-1 | カザフスタン | 国立競技場 |
| 1997.11.16 | 3v-2E | イラン | ジョホールバル (マレーシア) |
| ダイナスティカップ | |||
| 1998.03.01 | 2-1 | 韓国 | 横浜国際 |
| 1998.03.07 | 0-2 | 中国 | 国立競技場 |
| キリンカップサッカー'98 | |||
| 1998.05.17 | 1-1 | パラグアイ | 国立競技場 |
| 1998.05.24 | 0-0 | チェコ | 横浜国際 |
| FIFAワールドカップ フランス大会(グループリーグ) | |||
| 1998.06.14 | 0-1 | アルゼンチン | トゥールーズ (フランス) |
| 1998.06.20 | 0-1 | クロアチア | ナント (フランス) |
| 1998.06.26 | 1-2 | ジャマイカ | リヨン (フランス) |
| キリンチャレンジ1998 | |||
| 1998.10.28 | 1-0 | エジプト | 大阪/長居スタジアム |
主なメンバー
山口素弘 城彰二 呂比須ワグナー 中山雅史
思い出のシーン・名場面
この日本代表ユニフォームで真っ先に思い浮かぶ選手は、あなたの場合、誰ですか?
井原、名波、ゴン、ワールドカップにいけなかったカズ、ジョホールバルでゴールを決めた岡野、それとも若い小野伸二?
私の場合は、山口素弘です。
98年のフランスワールドカップは、ダービッツやデゥンガといった選手が活躍し、「ボランチ」という言葉が注目を浴びた時代だったように思います。
でも、ボランチってわかりにくいんですよね。
当時、加茂周監督から、岡田監督にかけての日本代表で、山口の果たしてきた役割、日本のボランチという役割は、正直、私にも全部がわかったわけではありません。
でも、ボランチという、ゆるい響きの言葉(ブランチ? おらん家?)を一生懸命追いかけながら、山口のプレイを見ていました。「ボランチ」という言葉を使うと、ちょっとサッカーがわかったような気になった時代でした。
ワールドカップアジア最終予選という、その熱狂を肌で感じて時間が刻々と過ぎていきます。
負けても、引き分けても、ふがいない戦いが続いても、監督が更迭されても、岡野が何度シュートをはずしても、、、、、それでも信じて応援し続けていれば、ジョホールバルのような歓喜を手にすることができる。
まさに、サッカーを好きになったその喜びが充満した日本代表でした。
この炎のユニフォームも、売り切れ続出で、なかなか手に入らなかった思い出があります。都心のお店を探し回ったのを覚えています。
このユニフォームで目に焼き付いて離れない名場面。
その一つは、アジア最終予選 国立競技場で行われた韓国戦での山口素弘のループシュート。
2007年9月28日 布施明が国家斉唱を歌ったゲームです。
ボランチがボールを奪うことが、ゴールにつながる攻撃の起点になる。そういうプレイでした。
世界と戦う前には、必ず韓国を倒さなければならない、という時代でした。
山口が韓国の選手の甘いトラップを見逃さず、ボールと選手の間に体を入れて、ボールをきれいに奪います。山口は、そのままゴールに向かってドリブルをし、ぺナの手前で、ループシュートを上げます。
韓国のゴールキーパーが、手を伸ばして、ぎりぎりで触われないボールが、韓国ゴールに吸い込まれた時、日本中が、歓喜に包まれます。テレビのアナウンサーも解説者も絶叫していました。
山口選手の滅多に見せない技巧的なゴールでした。
ジョホールバルの後、あのレベルの熱い熱い日本代表の熱気は、もう見れなくなってしまったように思います。
井原も、山口もユニフォームを脱ぎ、中田英寿も、もうピッチにはいません。
サッカー日本代表 ユニフォームのページ
日本代表ユニフォームはこちら
ホームへ






