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日本代表ユニフォームのページにようこそ!
92年のドーハモデルから08年発表の新ユニフォームまで、サッカー日本代表ユニフォームの写真、デザインコンセプト、メーカー、着用した主な試合(サッカーワールドカップ、オリンピック他)などの情報と、日本代表とユニフォームにまつわる思い出のエピソードを紹介しています。

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2000年 シドニーオリンピック

  • 使用時期  1999年〜2000年
  • デザインコンセプト  「パラレルユニバース」
    シャープな2本のラインを 日の丸の象徴である赤いカラーのパイピングと共に力強く広げたデザインが、ユニバース(全世界)への無限の可能性を表現。
    JFAのシンボルであるカラスが、大きくはばたくことをイメージしたデザインでもある。
  • メーカー   adidas
  • 2000年日本代表ユニフォーム

    主な試合

      試 合 日 スコア 対 戦 相 手 試 合 会 場
    キリンカップサッカー'99
    1999.06.030-0ベルギー国立競技場
    1999.06.060-0ペルー横浜国際
    コパアメリカ'99
    1999.06.292-3ペルーアスンシオン (パラグアイ)
    1999.07.020-4パラグアイアスンシオン (パラグアイ)
    1999.07.051-1ボリビアペドロ・ファン・カバジェロ (パラグアイ)
    キリンチャレンジ1999
    1999.09.081-1イラン横浜国際
    カールスバーグカップ
    2000.02.050-1メキシコ香港
    アジアカップ 予選
    2000.02.133-0シンガポールマカオ
    2000.02.169-0ブルネイマカオ
    2000.02.203-0マカオマカオ
    キリンビバレッジ2000
    2000.03.150-0中国神戸ユニハー記念競技
    ハッサン2世杯
    2000.06.042-2
    PK2-4
    フランスカサブランカ (モロッコ)
    2000.06.064-0ジャマイカカサブランカ (モロッコ)
    キリンカップサッカー2000
    2000.06.111-1スロバキア宮城スタジアム
    1999.06.182-0ボリビア横浜国際
    キリンチャレンジ2000
    2000.08.163-1アラブ首長国連邦広島ビッグアーチ
    AFCアジアカップレバノン2000 優勝
    2000.10.144-1サウジアラビアサイダ (レバノン)
    2000.10.178-1ウズベキスタンサイダ (レバノン)
    2000.10.201-1カタールベイルート (レバノン)
    2000.10.244-1イラクベイルート (レバノン)
    2000.10.263-2中国ベイルート (レバノン)
    2000.10.291-0サウジアラビアベイルート (レバノン)
    キリンビバレッジ2000
    2000.12.201-1韓国国立競技場
    シドニーオリンピック ベスト8
    2000.09.142-1南アフリカキャンベラ (オーストラリア)
    2000.09.172-1スロバキアキャンベラ (オーストラリア)
    2000.09.200-1ブラジルブリスベン (オーストラリア)
    2000.09.232-2
    (4PK5)
    アメリカ合衆国アデレード (オーストラリア)

    主なメンバー

    川口能活 松田直樹 森岡隆三 服部年宏 名波浩 明神智和 中村俊輔 望月重良 森島寛晃 小野伸二 
    西澤明訓 高原直泰 柳沢敦 奥大介


    思い出のシーン・名場面

    2000年

    炎のユニは、外国人の目から見て賛否両論だったようです。変なユニという意見もあれば、日本の魂を感じる素敵なユニだ、という意見もあったようです。

    さて、その炎ユニのあとは、やけにすっきりとしたユニフォームだな、と思った記憶があります。ユニフォームがすっきりするのも、世界に近づいたからかしら、と思ったものです。

    この日本代表のユニフォームは、99年ワールドユースでの準優勝と、2000年シドニーオリンピックベスト8の思い出がいっぱい詰まっています。
    中田英寿ももちろん中心にいましたが、中村俊輔、高原、稲本、小野といったトルシエに率いられた若い選手たちが、ゴールを決めて輝いた、黄金世代を象徴するユニフォームです。この頃の若手は、無敵な感じでした。
    ある意味で、世代を限れば、日本が世界に一番近づいた時間でした。

    このユニフォームで思い出されるのは、中村俊輔です。
    シドニーオリンピック出場を決めた国立のアジア予選の試合で、おじいちゃんが死んだのもあって、泣いちゃった場面ですね。その試合で、俊輔は得意のフリーキックを決めます。 試合後のインタビューで「サイドとか・・・」と言ったままタオルで顔をおおい、何も言えなくなりました。

    アナ「中村選手。ちよっと目が充血していませんか?」
    俊輔  「まぁ、いろいろと、、、サイドとか、、、」
    アナ  「こらえて、頑張ってきた甲斐があった」
    ※俊輔はタオルで顔を覆ったまま答えられず。観客席から俊輔への声援
    アナ  「よくやった」
    俊輔  「そうですね、、、」
    アナ  「さあ、まだタイ戦が残ってます。シドニーの本大会があります」
    俊輔  「そうですね。えっと、きのう、、、、あの、死んだじいちゃんのためにも、頑張りたいです」その後号泣です。

    俊輔は、トルシエ監督のもと、慣れない左サイドをやらされていました。
    体を変なふうにくねらせて、シェーのポーズで、キックを決める俊輔の姿が、とっても印象的です。
    髪型も、なんだかくねくねしていました。

    まさかこの泣き虫な選手が、ヨーロッパのチャンピオンズリーグに出場し、マンチェスター・ユナイテッド相手に、世界が黙るフリーキックを決めようとは、、当時は思いもしませんでした。


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