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2000年 シドニーオリンピック
JFAのシンボルであるカラスが、大きくはばたくことをイメージしたデザインでもある。

主な試合
| 試 合 日 | スコア | 対 戦 相 手 | 試 合 会 場 |
| キリンカップサッカー'99 | |||
|---|---|---|---|
| 1999.06.03 | 0-0 | ベルギー | 国立競技場 |
| 1999.06.06 | 0-0 | ペルー | 横浜国際 |
| コパアメリカ'99 | |||
| 1999.06.29 | 2-3 | ペルー | アスンシオン (パラグアイ) |
| 1999.07.02 | 0-4 | パラグアイ | アスンシオン (パラグアイ) |
| 1999.07.05 | 1-1 | ボリビア | ペドロ・ファン・カバジェロ (パラグアイ) |
| キリンチャレンジ1999 | |||
| 1999.09.08 | 1-1 | イラン | 横浜国際 |
| カールスバーグカップ | |||
| 2000.02.05 | 0-1 | メキシコ | 香港 |
| アジアカップ 予選 | |||
| 2000.02.13 | 3-0 | シンガポール | マカオ |
| 2000.02.16 | 9-0 | ブルネイ | マカオ |
| 2000.02.20 | 3-0 | マカオ | マカオ |
| キリンビバレッジ2000 | |||
| 2000.03.15 | 0-0 | 中国 | 神戸ユニハー記念競技 |
| ハッサン2世杯 | |||
| 2000.06.04 | 2-2 PK2-4 | フランス | カサブランカ (モロッコ) |
| 2000.06.06 | 4-0 | ジャマイカ | カサブランカ (モロッコ) |
| キリンカップサッカー2000 | |||
| 2000.06.11 | 1-1 | スロバキア | 宮城スタジアム |
| 1999.06.18 | 2-0 | ボリビア | 横浜国際 |
| キリンチャレンジ2000 | |||
| 2000.08.16 | 3-1 | アラブ首長国連邦 | 広島ビッグアーチ |
| AFCアジアカップレバノン2000 優勝 | |||
| 2000.10.14 | 4-1 | サウジアラビア | サイダ (レバノン) |
| 2000.10.17 | 8-1 | ウズベキスタン | サイダ (レバノン) |
| 2000.10.20 | 1-1 | カタール | ベイルート (レバノン) |
| 2000.10.24 | 4-1 | イラク | ベイルート (レバノン) |
| 2000.10.26 | 3-2 | 中国 | ベイルート (レバノン) |
| 2000.10.29 | 1-0 | サウジアラビア | ベイルート (レバノン) |
| キリンビバレッジ2000 | |||
| 2000.12.20 | 1-1 | 韓国 | 国立競技場 |
| シドニーオリンピック ベスト8 | |||
| 2000.09.14 | 2-1 | 南アフリカ | キャンベラ (オーストラリア) |
| 2000.09.17 | 2-1 | スロバキア | キャンベラ (オーストラリア) |
| 2000.09.20 | 0-1 | ブラジル | ブリスベン (オーストラリア) |
| 2000.09.23 | 2-2 (4PK5) | アメリカ合衆国 | アデレード (オーストラリア) |
主なメンバー
西澤明訓 高原直泰 柳沢敦 奥大介
思い出のシーン・名場面
炎のユニは、外国人の目から見て賛否両論だったようです。変なユニという意見もあれば、日本の魂を感じる素敵なユニだ、という意見もあったようです。
さて、その炎ユニのあとは、やけにすっきりとしたユニフォームだな、と思った記憶があります。ユニフォームがすっきりするのも、世界に近づいたからかしら、と思ったものです。
この日本代表のユニフォームは、99年ワールドユースでの準優勝と、2000年シドニーオリンピックベスト8の思い出がいっぱい詰まっています。
中田英寿ももちろん中心にいましたが、中村俊輔、高原、稲本、小野といったトルシエに率いられた若い選手たちが、ゴールを決めて輝いた、黄金世代を象徴するユニフォームです。この頃の若手は、無敵な感じでした。
ある意味で、世代を限れば、日本が世界に一番近づいた時間でした。
このユニフォームで思い出されるのは、中村俊輔です。
シドニーオリンピック出場を決めた国立のアジア予選の試合で、おじいちゃんが死んだのもあって、泣いちゃった場面ですね。その試合で、俊輔は得意のフリーキックを決めます。
試合後のインタビューで「サイドとか・・・」と言ったままタオルで顔をおおい、何も言えなくなりました。
アナ「中村選手。ちよっと目が充血していませんか?」
俊輔 「まぁ、いろいろと、、、サイドとか、、、」
アナ 「こらえて、頑張ってきた甲斐があった」
※俊輔はタオルで顔を覆ったまま答えられず。観客席から俊輔への声援
アナ 「よくやった」
俊輔 「そうですね、、、」
アナ 「さあ、まだタイ戦が残ってます。シドニーの本大会があります」
俊輔 「そうですね。えっと、きのう、、、、あの、死んだじいちゃんのためにも、頑張りたいです」その後号泣です。
俊輔は、トルシエ監督のもと、慣れない左サイドをやらされていました。
体を変なふうにくねらせて、シェーのポーズで、キックを決める俊輔の姿が、とっても印象的です。
髪型も、なんだかくねくねしていました。
まさかこの泣き虫な選手が、ヨーロッパのチャンピオンズリーグに出場し、マンチェスター・ユナイテッド相手に、世界が黙るフリーキックを決めようとは、、当時は思いもしませんでした。
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