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2001年 コンフェデレーションズカップ
「ユニフォーム自身が常に革新しつづけること」

主な試合
| 試 合 日 | スコア | 対 戦 相 手 | 試 合 会 場 |
| FIFAコンフェデレーションズカップ2001 準優勝 | |||
|---|---|---|---|
| 2001.05.31 | 3-0 | カナダ | 新潟スタジアム |
| 2001.06.02 | 2-0 | カメルーン | 新潟スタジアム |
| 2001.06.04 | 0-0 | ブラジル | カシマスタジアム |
| 2001.06.07 | 1-0 | オーストラリア | 横浜国際 |
| 2001.06.10 | 0-1 | フランス | 横浜国際 | キリンカップサッカー2001 |
| 2001.07.01 | 2-0 | パラグアイ | 札幌ドーム |
| 2001.07.04 | 1-0 | ユーゴスラビア | 大分スタジアム | AFC/OFCチャレンジカップ2001 |
| 2001.08.15 | 3-0 | オーストラリア | 静岡スタジアム | キリンチャレンジカップ2001 |
| 2001.11.07 | 1-1 | イタリア | 埼玉スタジアム |
主なメンバー
思い出のシーン・名場面
なんとなく買うのをためらった(とはいえ、結局買いましたが)ユニフォームです。
この辺から、日本代表ユニフォームから、ビジネスの匂いがしてきましたね。
マイナーチェンジ。
ユニフォームって、4年に一回変えるんじゃないんだ? と思ったものです。
白のラインが、脇の下からなくなって、腕の上に移り、微妙に変わっていますが、あまり大きくは変わっていません。
このユニフォームは、2001年のコンフェデレーションズカップで選手たちが着たことが一番の思い出です。
このユニフォームの象徴は、やはり中田英寿でしょう。
ペルージャの活躍をうけて、セリエAの名門「ASローマ」に移籍し、ローマも優勝を争い、日本代表も、トルシエ監督のもと、コンフェデレーションズカップで、決勝戦まで行きました。
エキセントリックなトルシエは、中田英寿に代表に留まるように再三説得しますが、決勝戦で、中田の姿はありません。決勝戦を前に、ローマに帰ってしまったのです。その姿をトルシエは批判します。しかし、中田には大事な優勝のかかったクラブが待っています。
日本選手が、日本代表とクラブチームとの狭間で揺れた、最初の場面だったかもしれません。
名場面として残るのは、中田英寿の雨中のフリーキックです。
コンフェデ準決勝、日本対オーストラリアは、2002年のワールドカップで決勝戦の会場にもなった横浜国際競技場。
すごい豪雨の中で、試合は行われました。
その豪雨を計算に入れて、地をはうグラウンダーの強烈なフリーキックを放った中田英寿。その意図通り、ゴールキーパーの取りにくいボールは、ゴールネットを揺らしました。
雨の中、ゴールを決めた後の、中田のガッツポーズ。
ゴールを決めた、という喜びよりも、山を張ったら、ぴたりと当たった、という感じのガッツポーズです。
あれほど、明確なガッツポーズは、その後、クールな中田からは見ることができません。
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