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2004年 アジアカップ
襟部分に、日の丸の赤を配色

主な試合
| 試 合 日 | スコア | 対 戦 相 手 | 試 合 会 場 |
| キリンチャレンジカップ2004 | |||
|---|---|---|---|
| 2004.02.07 | 4-0 | マレーシア | カシマスタジアム |
| FIFAワールドカップドイツ予選 | |||
| 2004.02.18 | 1-0 | オマーン | 埼玉スタジアム |
| 2004.03.31 | 2-1 | シンガポール | シンガポール |
| 2004.06.09 | 7-0 | インド | 埼玉スタジアム |
| キリンカップサッカー2004 | |||
| 2004.07.09 | 3-1 | スロバキア | 広島ビッグアーチ |
| 2004.07.13 | 1-0 | セルビア・モンテネグロ | 横浜国際 |
| AFCアジアカップ中国2004 優勝 | |||
| 2004.07.20 | 1-0 | オマーン | 重慶 (中国) |
| 2004.07.24 | 4-1 | タイ | 重慶 (中国) |
| 2004.07.28 | 0-0 | イラン | 重慶 (中国) |
| 2004.07.31 | 1-1 (4PK3) | ヨルダン | 重慶 (中国) |
| 2004.08.03 | 4-3E | バーレーン | 済南 (中国) |
| 2004.08.07 | 3-1 | 中国 | 北京 (中国) |
| アテネオリンピック2004 | |||
| 2004.08.12 | 3-4 | パラグアイ | テッサロニキ (ギリシャ) |
| 2004.08.15 | 2-3 | イタリア | ヴォロス (ギリシャ) |
| 2004.08.18 | 1-0 | ガーナ | ヴォロス (ギリシャ) |
| キリンチャレンジカップ2004 | |||
| 2004.08.18 | 1-2 | アルゼンチン | 静岡スタジアム |
| FIFAワールドカップドイツ予選 | |||
| 2004.09.08 | 4-0 | インド | コルカタ (インド) |
| 2004.10.13 | 1-0 | オマーン | マスカット (オマーン) |
| 2004.11.17 | 1-0 | シンガポール | 埼玉スタジアム |
| キリンチャレンジカップ2004 | |||
| 2004.12.16 | 0-3 | ドイツ | 横浜国際 |
| キリンチャレンジカップ2005 | |||
| 2005.01.29 | 4-0 | カザフスタン | 横浜国際 |
| 2005.02.02 | 3-0 | シリア | 埼玉スタジアム |
| FIFAワールドカップドイツ予選 | |||
| 2005.02.09 | 2-1 | 朝鮮民主主義人民共和国 | 埼玉スタジアム |
| 2005.03.25 | 1-2 | イラン | テヘラン (イラン) |
| 2005.03.30 | 1-0 | バーレーン | 埼玉スタジアム |
| キリンカップサッカー2005 | |||
| 2005.05.22 | 0-1 | ペルー | 新潟スタジアム |
| 2005.05.27 | 0-1 | アラブ首長国連邦 | 国立競技場 |
| FIFAワールドカップドイツ予選 | |||
| 2005.06.03 | 1-0 | バーレーン | マナマ (バーレーン) |
| 2005.06.08 | 2-0 | 朝鮮民主主義人民共和国 | バンコク (タイ) |
| FIFAコンフェデレーションズカップ2005 | |||
| 2005.06.16 | 1-2 | メキシコ | ハノーバー (ドイツ) |
| 2005.06.19 | 1-0 | ギリシャ | フランクフルト (ドイツ) |
| 2005.06.22 | 2-2 | ブラジル | ケルン (ドイツ) |
| 東アジアサッカー選手権2005 | |||
| 2005.07.31 | 0-1 | 朝鮮民主主義人民共和国 | 大田 (韓国) |
| 2005.08.03 | 2-2 | 中国 | 大田 (韓国) |
| 2005.08.07 | 1-0 | 韓国 | 大邸 (韓国) |
| FIFAワールドカップドイツ予選 | |||
| 2005.08.17 | 2-1 | イラン | 横浜国際 |
| キリンチャレンジカップ2005 | |||
| 2005.09.07 | 5-4 | ホンジュラス | 宮城スタジアム |
主なメンバー
大黒将志 柳沢敦 遠藤保仁
思い出のシーン・名場面
濃いブルーと明るいブルーが、交互にラインを作っている微妙な感じのユニフォーム。 これはジーコ監督の日本代表のユニフォームです。
この微妙な感じ、区切りのはっきりしない感じが、そのままゲーム展開になっているような感じで、ジーコ采配が続きます。
ひどい試合と、まあまあの試合、ひどい試合と、結構いい試合、という感じで日本代表が進み、いつも土壇場で首がつながっている感じです。
このユニフォームで思い出される選手は、ディフェンダーの中澤です。
灼熱の2004年アジアカップ、日本は、本当に首一枚の皮を残しながら、今にもこぼれ落ちそうになりながら、進んでいきます。
このアジアカップ全体を通じて、中澤は、文字通り獅子奮迅の活躍を見せます。
ディフェンダーとしては、ほぼアジア最強と思わせる、高さと力強さを見せつけ、セットプレーでは、ここぞというときにゴールを決めました。
アジア杯準決勝 日本 4-3 バーレーン、きわどい試合で、中澤はゴールを決めました。
「ゴールシーンは、ツネさんが上がれと言ったから、自分はゴール前まであがっていた。だからツネさんのお陰です」
中澤は控えめにそんな言葉を言いました。苦しい中を勝ち抜いていく、日本代表を、まさに誇りに思った試合でした。
中澤は、もともとサッカーの世界では全然目が出ないまま、プロになることを夢見て、がんばってきた選手です。
ブラジル留学を経験しているとはいえ、それはあまりよい思い出ではないようです。
プロとしてヴェルディに入りますが、ぎりぎりでテストを受かった、という感じです。
あまり足もとがうまくなく、ボンバーヘッドで、ヘディングをする。ディフェンスのクレバーさもあまりありませんでしたが、その後、日本を背負うディフェンダーとして成長していきます。
アジアカップは、まさに中澤が日本の屋台骨になった大会だったと言えます。
結局は優勝してしまうのですが、サッカーがよかったら勝ったわけでは決してなく、監督が神様ジーコだから勝てたのかも、という神がかった展開でした。
日本は本当にアジア最強なのか? 世界との差はどのくらいなのか?
それが見えなくなるような時間でした。
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